走って走って走りまくって、千空達のいるラボにたどり着く頃には息も絶え絶え、しかし、どうしても伝えなければならないことが私にはある。
緊急事態なのだ。
千空の名前を叫びながら乱入すると、彼は案の定耳を小指で塞ぎながら面倒くさそうに私を見た。

「大変なんだよ〜〜!」
「あーー分かった分かったから結論から言いやがれ」
「きっ、金狼が、金狼が……ゲホッ」

金狼という名前に、一同が目を見開いた。
彼は、少し前に大怪我を負ったのだ。とはいえ、既に戦える程度には回復したようだが。

「金狼に何かあったのか!?」

コハクが飛び出してきて、足が震えて立てなくなった私を支えてくれた。

「き、金狼がっ!金狼が切腹しちゃう〜〜」
「はァ?」
「責任、取るって……!」

数日前、石神村が襲撃されて居住区が燃えた。
子ども達を避難させていた際、私は不覚にも顔に火傷を負ってしまったのだ。
痕は残ってしまうが、まあいずれ痕だけでなく数十年後に浮かび上がるだろうシミとかもまるまる隠せるような化粧品が開発されるだろうしな〜などと、かなり楽観的に考えていた。
しかしそれを許さなかったのが他でもない金狼である。
私の傷を見るなり、彼は「すまなかった、責任は取る」と大真面目な顔で宣言した。
石神村の番人が「責任を取る」とは、つまりそういうことなのだ。

「金狼〜〜!!いやーー!!」
「落ち着け」
「おう、だいたい何なんだよそのセップクってやつは」
「クロム、セップクをご存じない!?」
「切腹もなにも一回腹に穴開けてやっと塞がってきたとこだろーが。だいたい3700年後の世界にハラキリ概念が残っててたまるかよ」
「ん?それもそうか……?」

そもそも、私たちが生きていた現代でだって、切腹は時代劇で見るような行為だった。
私は金狼に武士めいた何かを感じていたのだろうか。よく考えもせず「この命に代えて〜」だなんて、勝手な想像をしてしまっていた。
百物語で伝わっていなければそういう文化も消滅しているのだろう。人類が生きのびるための知識の結晶に、果たして私の嫌な予感が含まれているのだろうか。恐らく、ない。
千空のおかげでやっと頭が冷えてきた。

「……テメー見てっとあのデカブツ思い出すわ」
「金狼、死なない」
「大丈夫だ、そう簡単にくたばらねえよ金狼は!」
「セップクが何なのかは分からないが、クロムの言うとおりだ」

とりあえず金狼は無事らしい。良かった良かった。

「あれ。じゃあ責任ってナニ……?」

クロムを見ても、私と同じでポカンとしている。千空はもはや私に興味がないのかケータイ開発の作業にさっさと戻ってしまった。

「コハクは分かるの?」
「ハ!それは自分の目で確かめることだな」
「そんなぁ」

結局、コハクは笑うばかりで答えを教えてくれなかった。
こうなったら金狼に直接尋ねるしかない。
金狼が己の発言のせいで私が逃げたしたと勘違いしてしまい相当落ち込んでいると、銀狼に泣きつかれる事になるのはそのすぐ後の話である。



2020.3.10


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